第21回 「ヒロシマの夏を歩く」  閲覧(579+231)    2008/07/16

  広島の夏の旅はやはり「ヒロシマ」から歩く。20代の頃、8月6日の朝、市内を歩いたのがヒロシマとの出会いになった。中心部の道で、しゃがみこみ、嗚咽しながら家族の遺影に語り続ける年輩の女性の後ろ姿を忘れることはできない。核廃絶をめぐる運動の分裂と激しい対立は、ヒロシマに持ち込まれていた。被爆者の思いと、運動の原点について同行の友人と語りあったことを覚えている。昨夏、次男が広島に転勤、1週間余、滞在した。被爆の朝、市内を散策するが、観光気分になっていた。市民の灯すろうそくがなければ、広島の町歩きになるところだった。おしゃれな装いに町は変わっても、町の隅々、人の心は惨禍の傷や悲しみを秘めている。

     +

  太田川は広島湾を前に6つの川に分かれ、5つの中州をつくる。戦国の雄、毛利元就の孫、輝元が吉田郡山(市内から北へ30キロ離れた現安芸高田市)から城を中州に移すにあたり、当時の世間の目は冷ややかであった。城普請、城下町づくりとも難工事をともなった。時代は戦国から近世への転換期にあり、城とまちづくりは一体になりつつあり、輝元はここを広島と命名した。広島築城から城主は毛利、福島、浅野と変わるが、明治まで戦火にあうことなかった。広島が「軍都」の名称になるのは、日清戦争時、大本営が本丸内に置かれ、明治天皇行在所、帝国議会が開催されてからだ。城下町から軍事都市に性格を変えた。「あの日」まで中国地方を代表する都市に発展した。

     +

  一瞬の閃光で破壊された広島城下で市内全域にわたって残っているものがある。築城以来の町割りを示す地名だ。路面電車の停留所は繁華街八丁堀、立町、紙屋町、そして「原爆ドーム前」が唯一の城下に関係のない名前である。ドームは大手町にあり、その北側の市民球場あたりは外堀がめぐらされていた。ドームのかたわらに、詩碑が立っている。原爆の強烈な印象から逃れられず、鉄道自殺した原民喜の詩

     −

  遠き日の石に刻み 砂に影落ち崩れ墜つ天地のまなか 一輪の花の幻

     −

  その北側には児童文学の開拓者、鈴木三重吉の碑がある。

+

  私は永久に夢を持つ ただ年少時のごとく ために悩むことの浅きのみ

+

  鈴木三重吉被爆を知らずに世を去った。ふたつの碑文の時期、背景は異なるが、戦後復興期に市民によって刻まれた。絶望と希望の交錯したヒロシマの歩みを伝えている。

     +

市民球場から歓声がこだまする。広島カープ被爆から5年後に生まれた。太田川にはねる鯉、広島城の別名鯉城から球団名をとった。市民の創った球団の初代監督は千本ノックで有名な猛将石本秀一。資金は市民が出し合い、全国から選手を公募した。無名の選手たちは惨禍の町を歩いて、「ここで野球ができるのか」と驚き、市民の復興への希望を胸にプレーする。

+

  カープととともに復興のシンボルになったのが広島城。爆心地からほぼ1キロの距離にあった広島城は軍施設もろとも破壊され、炎上した。天守閣は倒壊するも炎上はしなかったため、冬を迎えた広島で木材は持ち去られ、市民の復興の「火」になり、家になった。被爆少年少女の文集を映画化した「原爆の子」では石垣で子どもたちが語り合うシ−ンが、ヒロシマと崩壊した広島城を強く印象づけた。天守閣再建はカープ結成から2年後である。

  広島城の石垣には被爆を物語る赤茶けた石が随所に残る。本丸跡にあった旧陸軍大本営跡にはクロガネモチの木が生き残り、天守を見上げる。城の外郭東部を八丁掘が南北にのび、掘沿いの道を栗林と呼んだ。裁判所など官庁街を東に向かうと、県立美術館と浅野氏別邸の名園「縮景園」が隣接する。代々藩主が好んで池泉式庭園だ。江戸初期の大名庭園として岡山の後楽園とともに定評がある。ここにもヒロシマが埋もれていた。ヒロシマのあの日、数多くの市民が避難するも絶命した。しかし、遺骨は園の高台に埋葬され、被爆42年後まで所在が確認されなかった。発掘された多数の遺骨は復興広島の町を回り、8月6日、平和公園に納骨された。園内には慰霊碑が立つ。木々の緑、池の風雅な庭は被爆から往時を取り戻し、浅野家の歴史のみならず、被爆の惨状を木漏れ日の下に伝え、市民の心に深く刻まれている。路面電車で市内を行きつ戻りつして爆心地から北3キロの太田川上流まできた。不動院安国寺恵瓊ゆかりの禅寺は、現存する中世建築では最大級の規模をほこる。毛利家の外交僧で知られる恵瓊は毛利と秀吉の和平に動き、伊予2万3千石の大名にまでのぼりつめる。関ケ原では西軍の軍師格になるも処刑された。爆心地に近いが北へ寄ったわずかな距離が中世を代表する国宝・本堂をはじめ、貴重な文化財を守った。被爆を免れた境内は広島市内でここしかない400年余の歴史の静寂のなかにある。

     =
ウェブ・ステーション<ステアク>  WWW.SUTEAKU.COM