第56回 京都西陣の散策 歴史と生活の匂いがする町

  京都をゆうっくり歩くのは、この連載を始めた頃いらいである。選んだ界隈は西陣。古いロージ(路地)に新しい店がオープン、面白くなってきた。呉服が売れているわけではない。かつて商売人しか会わなかった町に観光客がそぞろ歩きを楽しむ。飲食店、ファッション関係などそろうが、店の構えは古家をこわした建築にも出会うが、古い京都の町家も健在で、統一されたセットの趣よりもごちゃごちゃした生活感に満ちているのが西陣である。
  西陣はどこからどこまで。観光客がよくする質問だ。西陣の地名も、表示もない。しかし、西陣織に代表される呼称は学校、病院など広く使用されている。地図で地名を探すなら、あてがはずれる京の七不思議。元は応仁の乱山名宗全が陣を構えたのが起源になる。ここが西陣の一応の中心地といっていいだろう。
              

  大宮通寺之内通角。「たんきり飴」の看板が目に飛び込む。店には飴からビスケットまでなんでもそろう。駄菓子の店で買ったなつかしい味まであるから、客層は大人から子どもまで厚くて広い。ショウガ入り飴をほうばり、大宮通を南へ。今出川通まで出て元西陣織会館の建物、京都市考古資料館横に『西陣』の碑が立つ。資料館は平安京跡発掘の埋蔵品を展示してあり、平安京探訪の玄関口だ。平安京は最初、この資料館西の千本通今出川通周辺に造営され、その後、東へ移動している。このあたりのビルの屋上から眺めると、東山と西山のほぼ中間にあり、船岡山が北にある。道路、ビル工事で決まって平安京跡の埋蔵品が発掘され、新聞の見出しになる。内裏が移動した後、秀吉の時代に機業地として発展した。
          

  昭和の時代、戦後の経済成長期には機の音が響き、活気があった。日本初の映画館もここだ。千本通西陣京極には20軒の映画館が並び、西には水上勉の小説で有名な五番町があった。五番町は島原、五条楽園と並ぶ京の遊郭があったところで、数年前までは往時をしのばせる建物があったが、いま足を踏み入れても様変わりしている。映画館にしても、わずかに千本日活が成人映画を上映しているぐらいだ。
年寄りたちは「西陣では役者の芸が技術にあたる。織物を楽しみ、いいもんをつくり、子孫に伝えるのがこの町やった」というが、浮き沈みは激しく、三代続けばいいほうで、家というのは三代までで、あいさつは「相変わりませず」と、家の安定を互いに誓った。ノレンや格子戸の奥で各家の盛衰が昼夜織り込まれてきた。
  町そのものが織物である。
  盛衰が極端なだけに倹約の一方で遊びも盛んだった。この二律背反の世界は京の町の尾てい骨に通じ、織家で稼いだ金は派手に使った。西陣上七軒を控え、御茶屋通いが旦那衆の誇りにつながり、金儲けよりも難しいと、理屈をつけた。芸がないと、相手にされない。芸があるというのは生活を楽しむ心を持っていて、心豊かの人柄の象徴になった。しかし、いくら芸があっても店が左前になれば、見向きもされないのが西陣だ。
          

  西陣の町家はガレージ、マンションに変わる。空家も増えた。そんな空家を利用した陶芸、デザインなどを志す胎動が90年代から起こっていた。智恵光院、浄福寺の縦の通りを上ル、下ルして気づくのは表向きの統一された木造建築へのこだわりを残しながらもコンクリートやガラスのモダンな建築も許容していることだ。やむを得ずという言い訳はしても、本音であるかどうかは疑わしい。どんどん変わればいい。町のつぶやきが聞こえてくる。
  千本鞍馬口通今出川よりも北で西北に北野天満宮、西南には五番町がある。この通りを東に行くと、唐破風の銭湯の建物がある。しかし看板はコーヒーハウス。銭湯から大胆な変身をとげた。中は風呂屋のぬくもりを残している。西陣は食べ物屋に不自由しない。仕出し、食堂の匂いが昼を食べそねた腹にしみる。親子丼とニシンソバのノレンをくぐる。西陣の食堂はつぶぞろいというのが通説だ。迷わず親子を注文するが、日本全国で地域差や味に格差の少ないのが親子とキツネ丼と思っている。食べはずれがないから知らない町、店では親子かキツネにしている。山奥の食堂でキツネ丼にネギをふんだんに使い、ご飯と揚げが一体の出会いと味わいは、感動的だった。それに比べてB級グルメのTV番組などタレントの口上だけで感動がない。
  「西陣の職人は口が肥えている。まずいものは受け付けない。忙しい職人にとって出前は欠かせないから、店は繁盛するが、味で評判落とせば、注文はとまる。お付き合いでまずいものを食べるなどというのは、まずない」と、土地の食通は辛口である。
  むしろ観光客のほうが老舗の味にこだわり、味の落ちた懐石や弁当類をありがたくいただいている傾向が強い。数をつくり、支店を増やして味が変わらないはずがなく、株と一緒で、新聞などマスコミが先行きをはやしたてる頃がピークであり、グルメ番組に登場する頃、店の味は下り坂と思っている。

          *西陣アラカルト*
  西陣界隈の値の張る店はスッポンの大市。一見はお断りのため、予約がいる。料金はそのさい、確かめてからでかけたい。京料理は萬重。すべて個室で、うなぎの寝床の京建築の粋に富み、値も1万円前後、高くても1万5千円で十分。うなぎは梅の井。かつてはここのきつねうどんが絶品だったが、いまはない。うどんで人気は天満宮前のたわらや。一本うどんで知られる。近くには豆腐の藤野。豆腐昼食がある。お茶漬けは漬物店の近為。店の奥で食べる。以上は思いつくままの店で、まだまだいっぱい、魅力的な店が多い。